真言密教の道場です。所在は福岡県久留米市です。


by yoshihiro_h
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毎年5月の第3日曜日は法照寺にて先祖供養を行っております。
この月は修行中の9名の方が崖崩れにて寺が埋まり亡くなったことが始まりだそうです。
「九柱追悼大法会」とともに「先祖供養」を行います。

先祖供養についての必要性はご存知のことと思いますが、
この機会にもう一度先祖供養について考えてみたらいかがでしょうか?
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# by yoshihiro_h | 2008-05-11 05:23

7という数字

ラッキー7とかいいますけど・・・
仏教でも7という数字は意味があります。
人間の誕生は10ヶ月と10日、にわとりは21日です。
この数字はなぜか7の倍数です。
月の自転も28日・・女性の生理も。
一週間も7日
なぜ7の倍数でしょうか?
仏教では、7という数字は成就(成し遂げる)を意味します。
7はとりあえずいいことですね!
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# by yoshihiro_h | 2008-05-10 04:50

真言密教の伝来

 弘法大師(空海)は、讃岐の国の屏風ケ浦にて宝亀五年 (七七四)年六月十五日生、名を真魚 (まお)。
 十八歳のときに、大学の明経科の試験に合格
 大学を中途退学し、最高の覚りを求め仏道修行をはじめる。・・・『三教指帰』には、吉野金峯山や四国の石鎚山にのぼって苦行したことが記されています。
 山岳で苦行練行する「うばそく」として虚空蔵求聞持法を行い、自然の中に宇宙の生命と交流し、大日如来と入我我入し、仏教の真髄を極めようする。
 その後、奈良の諸寺院で仏教研鑽を積まれ、三十歳の時に大和の久米寺の東塔の下に大日経を発見し、入唐を決意。
 延暦二十三年四月、東大寺戒壇院において元興寺僧泰信について具足戒を受ける。
 同延暦二十三年、朝廷から入唐留学を命じられる。・・空海は三十一歳無名の僧でした。
 唐の青龍寺で、恵果和尚に遭われる。不思議なことに、恵果和尚にお目にかかった時、恵果和尚は笑って「我先より汝の来るを知り相待つこと久し」
・・私はおまえが来ることをずっと前から知っていた。なんと遅かったことかと言われたそうです。
 六月に恵果和尚を師として胎蔵曼荼羅壇に入り、投花は中台大日如来。
 七月上旬金剛界曼荼羅壇に入り、花を投げると再び大日如来・・恵果和尚は驚歎した。
 八月に伝法阿闍梨位の灌頂を授かる。
 帰朝して筑紫や、和泉で滞在し、翌年朝廷に召されて入京。
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# by yoshihiro_h | 2008-05-03 05:03

布施・財施・法施

1. 布施とは、対価を求めず与えること。
2. 財施とはお金などを施すこと。
3. 法施とは他人の悩みや苦しみを眼差し、言葉・微笑み、慈しみの心等で癒すこと。
※自分のやれることをやろう!!
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# by yoshihiro_h | 2008-05-01 22:47
(1)大日如来の化身であること
(2)真言中に梵語のア・ロ・カン・マンの4字があること
(3)常に火生三昧に住していること
(4)童子の姿を顕わし、その身容が卑しく肥満であること
(5)頭頂に七沙髻があること
(6)左に一弁髪を垂らすこと
(7)額に水波のようなしわがあること
(8)左の目を閉じ右の目を開くこと
(9)下の歯で右上の唇を噛み左下の唇の外へ出すこと
(10)口を硬く閉じること
(11)右手に剣をとること
(12)左手に羂索を持つこと
(13)行者の残食を食べること
(14)大磐石の上に安座すること
(15)色が醜く青黒であること
(16)奮迅して憤怒であること
(17)光背に迦楼羅炎があること
(18)倶力迦羅竜が剣にまとわりついていること
(19)矜羯羅(コンカラ)童子・制咤迦(セイタカ)童子が侍していること
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# by yoshihiro_h | 2008-05-01 19:27