真言密教の道場です。所在は福岡県久留米市です。


by yoshihiro_h
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付法の八祖
大日如来(だいにちにょらい)
金剛薩埵(こんごうさった)
龍猛菩薩(りゅうみょうぼさつ)
龍智菩薩(りゅうちぼさつ)
金剛智三蔵(こんごうちさんぞう)
不空三蔵(ふくうさんぞう)
恵果阿闍梨(けいかあじゃり)
弘法大師(こうぼうだいし)(空海)

伝持の八祖
龍猛菩薩:三鈷杵(さんこしょ)を右手に持っている)
龍智菩薩:(数珠を右手に持っている)
不空三蔵:(外縛印(げばくいん)を結んでいる)
善無畏三蔵:(ぜんむいさんぞう:(右手の人さし指をたてている)
一行禅師:(いちぎょうぜんじ):(法衣のなかで印を結んでいる)
恵果阿闍梨:(椅子に座り、横に童を待らせている)
弘法大師(空海):(五鈷杵(ごこしょ)を右手にもち、左手には念珠をもっている)
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# by yoshihiro_h | 2008-05-01 06:36
第一:異生羝羊心・・・善・悪を弁えることのできない迷いの心。
             動物のように、欲望のままに生きる心。
第二:愚童持斎心・・・道徳の教えにより人間としてやや善なる心がきざしはじめる心。
第三:嬰童無畏心・・・戒めを守り、来世の安楽だけを願う世界。
第四:唯蘊無我心・・・自我に実体はないことを悟る心。(声聞の境地)
※声聞とは仏様の言葉を聴いて悟ること。
第五:抜業因種心・・・全てのことが因縁よることを悟り、無明を取り除く心。
※縁覚:ひとりで努力して修業し悟る。
第六:他縁大乗心・・・菩薩の境地。縁に囚われず、慈悲の心を全ての人に起こし、他者の救済のためにはたらく心(他縁)。
第七:覚心不生心・・・物質に実体性がない(無我)だけではなく、自分の心に起こることも、実体がなく、本来不生であると悟る。(三論宗の境地)
第八:一道無為心・・・『法華経』の教えによる精神統一という瞑想にはいって、「人の本来もっている徳性は汚れに染まらない」と観想し、全ての人の心が清浄であることを知る。(法華経の境地)
第九:極無自性心・・・空の悟り(無為)がまだ究極ではない。(華厳教の境地)
第十:秘密荘厳心・・・信仰心と能力のある者は法界曼茶羅に入る。(真言密教の境地)
※初めの法門の実行をした者を利益し、如来加持して、大神通力を奮迅示現したまう。一つの平等の身より普く一切の威儀を現ずる。この威儀は秘密の印でないものはない。一平等の語より普く一切の音声を表わす。かくのごとき音声は全て真言である。一平等の心から普く一切の本尊(三昧の状態の本尊)を現ず。
 しかし、この大日如来の三昧地の法を未潅頂の者に説いてはならない。たとえ、同じ行をしているものにも、容易く説いてはならないと、戒められている。
※代表的な曼荼羅は金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅です。この二つは対になっていて、両界曼荼羅または両部曼荼羅といいます。金剛界は堅固な永遠の覚りの智慧、胎蔵界は仏の慈悲。
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# by yoshihiro_h | 2008-05-01 05:59

十二因縁について

過去の因
・無明(むみょう): 過去世の無始の煩悩。
・行(ぎょう): 過去世の煩悩によって作った善悪の行業.
・識(しき):母胎中に受胎した刹那の色受想行識で身体と精神との結合体としての個体.
・名色(みょうしき):胎中にあって身心の発育する。
・六処(ろくしょ):胎中にあって眼耳鼻舌身意の六つの感官が備わり、母体を出ようとする。

現在の果であり将来の因
・触(そく):生誕後しばらくの間で、事物に関して苦楽を識別することなく、ただ物に触れて感知しようとする。
・受(じゅ):苦楽を識別する心が生じ、性を求めるまでをいう。
・愛(あい):性欲を起こし、異性を求める。
・取(しゅ):自分の求めるもののために馳求する。
・有(う):未来の生活や環境を結果する行為によって業因を積集する。

将来の果
・生(しょう):前の業因によって結果した未来の生存をいう。
・老死(ろうし):識から受のまでを老死という。生老死は前の識名色六処触受の五位をさす。
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# by yoshihiro_h | 2008-05-01 05:23

愛について

有愛とは
自分の存在に願いをかける心.
非有愛とは
自分の存在がはばまれる時に呪うこと.
欲愛とは、
 上の2つが他人にむかっておこること。
仏教の愛は一般の愛と考え方が違うんですね。
違っていたら補足をお願いします。
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# by yoshihiro_h | 2008-04-30 17:58

苦の原因は欲望(煩悩)

苦のすべては欲望から起きます。欲望には大きく分けて、
財欲・性欲・食欲・名誉欲・睡眠欲が根本にあると仏教ではといています。
煩悩は108種に分類されてますが、宗派によって若干のちがいがあるみたいです。
除夜の鐘なども108回打つのもこのためだと思われます。

上記の5つの欲がないと人間は生きていけませんが・・・
 その根本が何であるか?
 バランスがとれているか?
などを考えなければならないのでは?
理趣経ではその欲望を肯定したことから始まってます。
誤解されやすい仏教経典ですので、あまり解説されておりませんが・・・

理趣経(りしゅきょう)は「大楽金剛不空真実三摩耶経(たいらきんこうふこうしんじさんまやけい)」・・大いなる楽は金剛のごとく不変で空しからずして真実なりとの仏の覚りの境地を説く経のとこです。
真言宗では必須の経典です。
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# by yoshihiro_h | 2008-04-29 13:09